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は40分。
船舶の定期便としては鹿児島との間に2隻の貨客定期フェリーと、高速のジェットフォイルが就航している。貨客フェリーの定員は569人と100人、所要時間は約4時間で、1日1−2往復する。ジェットフォイルは1日3往復する。
島内の交通はバスや車である。県道が島の沿岸部を一周している。
5 産業の概況
産業別就業人口を見ると、60年には第1次産業が7割近くを占めていた。その後著しく減少し、93年には全体の20.4%になっている。第3次産業は過半数を超えている。
93年の産業別純生産額を見ると、第3次産業が59.4%を占め、就業人口の割合と同様、島の経済で重要な位置を占めていることを示している。第2次産業では、建設業の割合が純生産額全体の24.1%を占め、高い。第1次産業では、70年には14.7%だった林業が1.7%に落ち込んでいる。国有林伐採量の急減を反映したものである。70年には9.3%だった農業も、製糖工場やでんぷん工場の閉鎖などで、4.3%に下がっている。現在の農業はポンカン、タンカンなどの果樹が中心である。
6 歴史
屋久島からは縄文時代前期の土器が見つかっており、この時代に人が住んでいたことが明らかになっている。7−8世紀には遣唐使の航路として記録に登場する。824年には、大隅国に属した。鎌倉時代以降は、島津氏、種子島氏、禰寝(ねじめ)氏などが領有した。1612年には島津氏が代官を任命して直轄地として管理したため、薩摩藩による資源開発が始まった。
藩政時代の島は、カツオ漁を中心とする漁業と、屋久杉利用を主とする林業が盛んだった。
第2 文化・芸術資源を生かした地域振興事業の概況
1 世界遺産
ユネスコは、93年に島の中部から西部にかけての一帯を世界自然遺産に登録した。この地域には、山岳、原生林、渓谷など変化に富んだ雄大で豊かな自然が残っている。
世界遺産としての指定地域は、宮之浦岳を中心とした島の中央山岳地帯に加え、
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